フルオンライン大学時代の教員人事・評価システム変革:求められる新たな基準と支援
フルオンライン化が問い直す教員の役割と評価のあり方
大学教育システムのフルオンライン化は、単に授業をオンラインで行うこと以上の広範な変革を大学全体にもたらしています。この変革の中心にいるのが、教育、研究、運営を担う教職員です。特に、教育の中核を担う教員の役割は大きく変化しており、それに伴い、従来の教員人事・評価システムが抱える課題が顕在化しています。少子化による学生数減少や教育の質向上といった喫緊の課題に直面する中で、フルオンライン時代に適合した人事・評価システムを構築することは、大学の持続的な発展と教育システム全体の変革を推進する上で不可欠な要素と言えます。
フルオンライン教育における教員の新たな役割
フルオンライン環境では、教員は従来の「知識の伝達者」という役割に加え、多様な役割を担うことが求められます。
- 学習ファシリテーター・メンター: 一方的な講義ではなく、学生の主体的・能動的な学習を促すための設計と支援が重要になります。オンライン上での個別の学習進捗管理、質問対応、コミュニティ形成支援などが含まれます。
- 教育コンテンツ設計者: オンライン環境に最適化された教材(動画、インタラクティブコンテンツなど)の開発やキュレーション能力が求められます。非同期学習と同期学習を効果的に組み合わせる設計力も重要です。
- 学習データ分析者: LMS(学習管理システム)から得られる学生の学習行動データなどを分析し、教育改善に活かす視点とスキルが求められます。
- テクノロジー活用能力: 多様なオンライン教育ツールやプラットフォームを効果的に活用し、トラブルに対応できる能力が必要です。
- チームティーチング・協働: オンライン環境では、複数の教員や教育専門職員(インストラクショナルデザイナー、ラーニングコモンズ担当者など)との連携がより重要になります。
これらの新たな役割は、従来の授業時間や論文数を主な評価軸としていた人事・評価システムでは十分に評価しきれない側面を多く含んでいます。
既存の人事・評価システムが抱える課題
伝統的な大学の人事・評価システムは、主に授業時間数、担当科目数、研究論文数、学会発表といった成果に基づいて構築されてきました。しかし、フルオンライン大学においては、以下の点で不整合が生じています。
- 教育負荷の評価: オンライン授業の準備には、対面授業とは異なる、あるいはそれ以上の時間と労力がかかる場合があります。特に、質の高いオンライン教材開発や、非同期での学生へのきめ細やかな対応は、従来の「授業時間」という尺度では捉えにくい負荷です。
- 教育の質的貢献の評価: オンライン教育設計の質、テクノロジー活用による学習効果向上、学生のエンゲージメント向上への取り組み、データに基づいた教育改善といった質的な貢献が、評価項目として明確に位置づけられていない場合があります。
- 教育研究以外の貢献: オンライン教育ツールの導入・活用支援、オンラインFD/SDの開発・実施、遠隔地の学生支援、オンラインを活用した地域連携など、教育研究に直接紐づかない、しかし大学運営や変革に不可欠な貢献が十分に評価されない可能性があります。
- 教員のスキル開発へのインセンティブ: 新たなオンライン教育スキル習得やFD/SDへの積極的な参加が、人事評価に直接的に結びつかない場合、教員の変革へのモチベーションに影響を与えかねません。
これらの課題は、教員の働きがいやキャリア形成にも影響し、結果として大学全体の教育の質や組織の変革力を低下させるリスクを孕んでいます。
フルオンライン時代の新たな人事・評価基準とシステム構築
フルオンライン大学における人事・評価システムは、教員の多様な貢献と新たな役割を適切に評価できるよう、以下の要素を考慮して再構築される必要があります。
- 評価基準の多角化:
- 教育貢献: オンライン教育設計・実施能力、テクノロジー活用能力、教育改善への取り組み(LMSデータ活用など)、オンラインでの学生支援・エンゲージメント向上、教育コンテンツ開発・共有への貢献など、オンライン環境における教育活動を多角的に評価します。学生による授業評価に加え、教育ポートフォリオ、同僚評価、FD/SD参加・実践度なども評価要素として含めることが有効です。
- 研究貢献: オンライン環境を活用した新しい研究手法や、学術コミュニティにおけるオンラインでの発信・連携なども考慮に入れます。
- 社会貢献・大学運営貢献: オンラインを活用した地域連携、プロフェッショナルコミュニティでの活動、学内におけるオンライン化推進への貢献、教職員間の連携強化への寄与なども評価対象とします。
- 評価方法の多様化:
- 定量評価(授業時間、論文数など)に加え、定性評価(教育活動報告、ポートフォリオ、360度評価の一部導入など)を適切に組み合わせます。
- LMSなどの学習システムから得られるデータを、プライバシーに配慮しつつ、教育改善の取り組みやその成果を評価する際の参考情報として活用することを検討します。
- 評価プロセスの透明性確保: 新しい評価基準や方法について、教員への十分な説明と理解促進を図り、評価プロセスを透明化することが信頼醸成に繋がります。
- 育成との連動: 新たな評価基準で重要視されるスキル(オンライン教育設計、データ活用など)に関するFD/SD機会を充実させ、その受講や実践を評価に反映させる仕組みを構築します。教員のキャリアパスと評価システムを連携させ、オンライン教育のプロフェッショナル育成を支援します。
変革推進のための課題と対策
人事・評価システムの変革は、大学組織全体に関わるデリケートな問題であり、推進には様々な課題が伴います。
- 課題:
- 教員間の評価基準変更に対する抵抗や不公平感。
- 新たな評価項目の適切な測定・評価方法の確立。
- 評価者のオンライン教育に関する理解不足。
- 評価システム改定にかかる労力とコスト。
- 伝統的な大学文化との摩擦。
- 対策:
- 変革の必要性とその目的(教育の質向上、大学の持続可能性確保など)について、丁寧かつ継続的なコミュニケーションを行う。
- パイロットプログラムや段階的な導入により、効果測定と改善を行いながら進める。
- 評価者を対象とした研修を実施し、新しい評価基準と方法に関する理解を深める。
- 教員が新しいスキルを習得するためのFD/SDやピアサポートの仕組みを強化し、変革を「評価される側」だけでなく「支援される側」として捉えられるようにする。
- 柔軟な勤務形態や職務分担を導入し、多様な教員の働き方や貢献に対応できる制度設計を検討する。
- 外部の専門家やコンサルタントの知見を活用し、客観的かつ効果的なシステム設計を目指す。
将来展望:教員の「価値」を再定義する機会として
フルオンライン大学化は、教員という職種のあり方、そして大学における教員の「価値」を改めて問い直し、再定義する機会を提供しています。単に研究成果だけでなく、教育の質、特にオンライン環境における教育実践の巧みさや、学生の学習成果への貢献、組織全体のオンライン化推進への寄与といった多様な側面が、より適切に評価されるシステムを構築することで、教員の専門性やモチベーションを高め、大学全体の教育力向上に繋げることができます。
人事・評価システムの変革は容易ではありませんが、未来を見据え、大学が教育システム全体の変革を成功させるためには、教職員一人ひとりの力を最大限に引き出し、その貢献を正当に評価し、支援していく体制が不可欠です。データとテクノロジーの活用、国内外の先進事例研究、そして教職員との対話を通じて、持続可能で発展的な教員人事・評価システムの構築を目指していくことが、今後の大学運営における重要な戦略となるでしょう。